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輝石の唄
「お前は・・・・なんだ?」
頭上から発せられた言葉は威圧的で、その目を見ることはできなかった。
恐怖からか体は震え、カチカチと歯がうまくかみ合わない。
「・・・・ゼル、こいつを屋敷へ連れて行くぞ」
「かしこまりました、アルト様」
その瞬間、生まれて初めて味わう浮遊感と、暖かいぬくもりが体に伝わった。
目の前には鋭い眼差しが僕を捕らえた。
「・・・口がきけないのか?それとも・・・喋り方を忘れたか?」
重い声が耳に響く。
とても居心地が悪くて、僕の心臓が警告を鳴らしているように脈打つ。
吐き気が襲い、上手く呼吸ができない。
「ぁっ・・・・」
少し声を出すことはできたのに、僕はそれに全ての力を使い果たし・・・・
眠るように意識を手放した。
次に目を開けた時には、真っ白な天井と、キラキラ光るシャンデリアが目に入った。
ふわりと暖かい包まれるようなベッドに寝かされていた僕は状況についていけずにぐるぐると頭を巡らせた。
「・・・・起きたか」
「っ!」
威圧的な声、聞き覚えのあるその声に僕は思い出した。
そうだ、僕はこの人に・・・・
「ここに連れてくる途中で気を失ったのでな・・・医者に見せた」
「・・・・」
「栄養失調、脱水、私が見つけなければ餓死寸前だった」
ため息をつきながら見据えるその目はやっぱり鋭くて、またびくりと体を震わせた。
そんなことには構わず、彼の視線は僕の頭に向けた。
「お前のソレは、なんの獣の耳だ?」
ゆっくり近づく彼に比例して、僕は後退りをする。
知ってか知らずか、徐々に近づく彼を後ろにいた人物が制止した。
「アールトー!その子お前を怖がっているよ」
「・・・」
「・・・ぁ」
あと少しで触られるというところで彼が静止する。
カチカチとまた歯が鳴った。
彼はそんな僕の様子を見てぴくりと伸ばした手を震わせると、その手をゆっくりと戻していった。
「見たところ、猫族の獣人だね。しっぽもあるの?ねぇねぇ、君の名前は?」
「ソラ・・・質問攻めするな。おい、お前・・・・」
「っ・・・」
ぎゅっと毛布を握り締めた。
一瞬、間が空いて・・・・先程よりも比較的優しい声が降ってきた。
「名前を・・・教えてくれ。どう呼んだらいいのか、困るんだ・・・」
どうしてかわからないけれど、どきりと心臓がはねた。
そして、いま、彼がどんな顔をしているのか見たくなった。
僕は初めて自分から彼の顔を見た。
彼は、自分の目を伏せながらも、言葉を一生懸命選んで発言しているように伺えた。
そうか・・この人は・・・・
「・・・・ぁ・・・・ひ、ヒスイ・・・」
こういう言葉遣いしかしてこなかったんだ・・・・
でも、誰かと関わり合いたくて必死なんだ・・・
彼の顔がぱっと僕を捕らえた。
でも、もう彼の顔には威圧的な部分が一個もない。
「ヒスイ・・・食事にしよう。お前の体に栄養を取り入れなければな!」
嬉しそうに・・・でも慣れてないのか薄く笑う彼にどきりとまた心臓がはねた。
手を伸ばす彼の手のひらを受け取ると、彼の優しい暖かさが包んだ。
暖かい・・・
感じたことのないささやかな幸福感が僕を包んだ。
だからだろうか・・・・
隣にいる彼の笑顔が引きつっていることに気付けなかったのは・・・
「ヒスイ・・・くん、だっけ?」
「ぁ・・は、はい・・・?」
「アルトが呼んでたよ。案内するからついてきて」
『ソラ』と呼ばれた男性が僕をよく思っていないなんて思わなかったんだ。
アルトに呼ばれたって聞いたとき、とても嬉しくて浮かれた。
『ソラ』はアルトの知り合い、友達だと思えたから・・・・
彼の言葉を信用して言われるがままについていった。
だから僕が・・・・
今なんでこんなことになっているのかなんて・・・・
僕も誰も・・・・わからなかったんだ・・・・
「ぃやだっ!!やめて、離してっ!!」
「離して・・・?」
僕たちの周りには体格のいい男の人が何十人と並んでいた。
中には服に血らしきものがついている人もいる。
「害獣の分際で僕のアルトをたぶらかしておいてよく言うよ・・・・」
「ソラ・・・・騙したの・・・?」
目の前のうつむきながらも狂気に満ちたその目は僕を映した。
でもきっと、その目に僕は映っていない。
『ソラ』は愛おしそうに僕の頬に指を滑らせ、首に手をかけた。
「ぁぐっ!」
「害獣の分際で・・・・僕からアルトの笑顔を奪った・・・・お前を許さない」
首を絞め上げる力が強くなる。
呼吸がうまくできずにむせ返りながらも空気を求めてもがく。
逃げ出せないのは周りの男たちが抵抗できないように僕の体を押さえ込んでいるからだ。
「害獣に愛なんて必要ない・・・・害獣に貴族の生活も・・・一般的な生活すらも必要なんてない」
迫害されるのはどこに行っても一緒だった。
愛されないのはどこでもいっしょだった。
でも今は・・・・
僕を見てくれる人が・・・・できたのに・・・・
「こいつ好きにしていいよ。犯すなり殺すなり・・・・こいつの死体が確認できたら報酬を出そう。」
不意に解放された首に手をかけて、一気に入り込んできた空気にむせ返る。
同時に一緒に入ってきた悪臭に顔を上げると、グロテスクなものが目前に迫ってきていた。
アルト・・・・助けて、アルト・・・
心の中で助けを求めながらもどこか諦めにも似た感情が心の中を巡る。
力なくとじた瞼を二度と開けないつもりで、僕は全身の力を抜いた。
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